2010年代初め、北米でヘロインが大流行した。しかしまもなく、天然のアヘンゲシ原料のヘロインに取って代わって、同じオピオイド系の合成麻薬フェンタニルが市場を占めるようになった。フェンタニルは安価でしかも効果は同量で50倍もあるという。このため、アヘン栽培は急速に衰退しつつある。そのアヘン農家が、声を上げ始めたという記事があった。
ゲレロ: アヘンゲシの価格下落とケシ畑の焼却で、生産者は飢餓の危機に
Sinembargo(El Sur) 2021年1月2日
チルパンシンゴ、ゲレロ
サカリアス・セルバンテス
https://www.sinembargo.mx/02-01-2021/3918383
2020年、ゲレロ山中では農民たちが組織化し、軍によるケシ畑焼却を阻止し、さらに生産プロジェクト請求に対応するよう求め、また連邦政府が行う社会支援へのアクセスを要求した。
アヘンゴムの価格は、2016年には1キロ当たり3万ペソであったのが、2020年には6000ペソにまで下落した。さらに生産支援プロジェクトも、収入の低下を補う政府の援助策もない。ゲレロ州のコスタ・グランデ、ティエラ・カリエンテ、セントロの各地域の14の行政区の約1280の村に暮らす約5万人の生産者らは厳しい経済的危機にさらされていると、地域の農民団体の代表者らは推測する。
この状況のなか、生産者らはやむなく2020年から組織を立ち上げ、アヘンゲシ畑の焼却を阻止し、ケシの生産放棄と引き換えに、自分たちの生産支援プロジェクト請求への対応と、連邦政府の社会支援プロジェクトへのアクセスを要求するようになった。
この抵抗運動は、エリオドロ・カスティージョ(トラコテペック)とサン・ミゲル・トトラパン行政区の数十の村に広がっていった。これらの地域は、国防省(Sedena)の公的資料によるとアヘンゴムの主要な生産地のひとつである。
2018年にゲレロ自治大学(UAG)の支援と、今は消滅した「ゲレロ山地の平和と発展のための代表者連合」の要求によって作成された資料「ゲレロ山地における医療目的のアヘンゲシ栽培合法化」によると、アヘンケシは少なくとも40年前から、フィロ・マヨール山地の14の行政区の1280の村で生産されてきた。そして少なくとも5万人の生産者とその家族が、2016年に価格が下落するまでは、年間12億ペソもの収入を得ていた。
その行政区は、アフチトラン・デ・プログレソ、アトヤク・デ・アルバレス、ベニート・フアレス(サン・ヘロニモ)、チルパンシンゴ、コアウアユトラ、コユカ・デ・ベニテス、コユカ・デ・カタラン、エリオドロ・カスティージョ(トラコテペック)、レオナルド・ブラボ(チチウアルコ)、エドゥアルド・ネリ(スンパンゴ)、シワタネホ、ペタトラン、サン・ミゲル・トトラパン、そしてテクパン・デ・ガレアナである。
資料によると、これらの14の行政区で、生産者らはおおよそ1万1965平方キロの面積に、分散してケシを栽培していた。
この調査結果は、レオナルド・ブラボ行政区の少なくとも18の村のケシ栽培農家から、アンドレス・マヌエル・ロペス=オブラドール大統領就任直後に、医療目的のケシ合法化のための提案の一環とし連邦政府に提出された。
同行政区のラ・ソレダー村の生産者のひとり、レオデガリオは電話越しに、この2年間、数値の上では変わっていないが、生産者の状況は悪くなってきた、と伝えてくれた。行政区内で組織に加入していた生産者らは解体させられ、2018年11月にエリオドロ・カスティージョ村の共同体警察の襲撃に遭って、リーダーらを含め、ほとんどの人たちが村から追い出されてしまった。
「いまや状況はさらに悪くなっている。価格は低すぎるし、地域を支配する武装グループに従わなくてはならない。その一方で軍や警察はわれわれをひどい目に遭わせやがる。われわれが支援を求めても、政府はなにも対応してくれない。ひどすぎる。われわれが飢え死にすればいいと思っているんだ」とレオデガリオは嘆いた。
アヘンゴムの価格の下落、軍によるアヘン畑の焼却、さらに悪天候による不作もあり、フィロ・マヨール山地一帯のアヘンゲシ生産者らは極度の危機的状況にあるという。
アヘン畑の破壊
2020年3月30日、海軍はその第3回報告書「メキシコにおけるアヘンケシ違法栽培に関する調査」を発表した。それによると、2019年に国内で破壊したケシ畑は14万5196か所、面積は1万4000ヘクタールだった。
同報告書によると、もっとも多くのアヘン畑を破壊したのがゲレロ州だったとしているが、全体のうちどれだけの割合を占めるのかは言及していない。
また2017-18の期間に国内でのケシ栽培は2016-17に比べて9%減少したとしている。そのデータは生産者の証言とも一致する。2016年にアヘンゴムの価格が下落してのち、もう割に合わないので栽培をやめた人が多かったという。
報告書によれば、この調査の目的は、「過疎や就業機会の不足、医療や教育サービスの欠如といった、ケシ栽培を行う原因を説明する社会経済的な要因をよりよく理解するため」だとしている。
一方、2019年2月23日付けの地元紙「エル・スール」によると、国防省の公式発表した数字として、2018年には違法栽培の畑20万2282か所、2万2941ヘクタールを破壊したとしている。そのうち79%はゲレロ州で、32%はエリオドロ・カスティージョで、そこでは5万2955か所が破壊された。
数字は異なっているが、ゲレロ州が国内最大の栽培地であるという点では一致している。またケシ畑の破壊はフィロ・マヨール山地、なかでもエリオドロ・カスティージョ行政区に集中している。
しかし、山地の状況は変わってはいない。
エリオドロ・カスティージョ行政区ラス・ビナタス村の生産者、ラファエルによると、この山地でのアヘンの栽培は地域の発展にも、貧困から抜け出すためにも役立ってこなかった。逆に、アヘンゲシ栽培者としてスティグマ化され、「政府から犯罪者呼ばわりされることになった」という。
ラファエルによると、問題があるのは政府の方だという。
「トウモロコシとフリホール豆の栽培だけでわれわれは生きていけるとでも思っているのか? それだけでは家族はトルティージャと何かをなんとか食べられるくらいだ。しかし、服や靴は?病気になったときはどうすればいい? どこからその金を出せっていうんだ?」
しかしケシの栽培でも、生活に必要なものがなんとか買えるくらいしか稼げない、という。なぜなら、「なにかにつけても、われわれ農民は損をしている。金持ちになるのはほかのやつらだ。政府は畑を焼却してわれわれをいじめるが、さて、われわれが売ってる相手にはなんで手出しをしないんだ? そいつらが誰かはわかっている。お身内なんじゃないのかね?」と非難した。
アヘンゴムより安いがより強力な合成麻薬であるフェンタニルが流通し始めたことから、2016年以降アヘンゴムの値段は下落した。そのため多くの人たちは利益が得られないとして栽培をやめた。そして連邦政府に生産プロジェクトを申請するようになった。また現在のロペス・オブラドール政権になってからは、社会支援プロジェクトも求めた。「しかし、どっちもわれわれは受け取っていない。状況はますます悪くなる一方だ」とラファエルはいう。
彼によると、アボカド、モモ、洋ナシ、リンゴなどの栽培のための生産プロジェクトはより安全だが、「メリットとデメリットがある」という。
ケシからとるゴムは、山奥まで買いに来てくれて、「われわれは村の外に売りに出て行く必要がなかった。しかし、アボカドやモモ、洋ナシ、リンゴは、買いに来てくれる人がいない。自分たちでチルパンシンゴやイグアラや、さらにはメキシコシティまで運んで行かなくてはならない。それがたいへんだ。だから政府の援助が必要なのだ」
一方で、ケシの場合はもっとリスクが高い。「軍が来たら、めちゃくちゃにされてしまう。何ひとつも残らず、せっかくの苦労もおじゃんになってしまう」
アヘンゴムの採取には、種まきから果実に傷をつけてゴムを採取するまで、3か月かかるという。もっとも栽培に適した季節は雨期だ。なぜなら灌漑設備に費用をかけなくてよいからである。それでも利益は多くはない。
去年の収穫期にはアヘンゴムは1キロ当たり6000~8000ペソだった。
「私は5キロ採取した。キロ当たり8000ペソだから4万ペソになる。しかし、肥料や消毒や日雇いの人件費に2万ペソ使っている。なので、3か月のきつい仕事で2万ペソ残るだけだ。本当にわずかだ。しかしそれも、うまくいったらの話だ。もしそうでなかったら、例えば風で倒れてしまったり、軍に見つかったりしたら、どうしようもない。せっかくの仕事は台無しだ」
生産者は犯罪者ではない
いまは消滅した「ゲレロ山地の平和と発展のための代表者連合」には、レオナルド・ブラボとエドゥアルド・ネリ行政区の18の村が加盟していた。これは医療目的のアヘンの栽培を合法化しようという初めての組織だった。2018年にアヘンゴムの価格が2万5000~3万ペソだったものが6000~8000ペソに下落したことがきっかけである。この組織の元メンバーによると、アヘン生産地帯にあっても、人々は非常に困窮していて、生活していけるための金もない、という。
政府は生産者を攻撃するが、運び屋や密売人には何もしない。アヘンを精製するものこそが利益を得ていて、暴力を引き起こしている、とこのメンバーは非難する。
農民たちが1キロのアヘンゴムをせいぜい8000ペソで売っている一方で、密売人たちはゴムから作ったヘロインを3万5000ドル、60万ペソで売っているのを知っている、と言うのだ。
その不平等のゆえに、ゲレロ山地の5万人の生産者が利益を得られるよう、医療目的のアヘン栽培を合法化しようという活動を始めたのだという。「われわれは何百万もの価値のあるものを栽培しているのに、貧困にあえいでいる。それは不当だ」と語った。
しかし、政府は農民の声を聴く代わりに、袂を分けた村の共同体警察に襲撃させた。
「なぜならわれわれの提案は政府にとっては都合が悪く、気に障ったからだ。われわれは騙されない。政府はエリオドロ・カスティージョの村人が侵入するのを助け、軍と村人が一緒にやってきた。そして今では提案を行った者たちは皆村から追い出されてしまった」
いま農民たちが求めているのは、せめて政府は生産者の声を聞き、畑を破壊しないでほしいということである。除草剤の空中散布は、何千人もの家族が生活の糧を失うだけでなく、トウモロコシやモモ、アボカドの畑もダメになってしまう。河川を汚染し、病気を引き起こしてしまうのだ。
山では人々は、トウモロコシとフリホール豆、アボカドやモモ、そしてアヘンゲシの栽培で暮らしを立てている。アボカドやモモの栽培のためには政府の援助が必要だ。「アヘンの栽培のためには何も求めない。ただ栽培させてもらえればいい」
ケシの栽培を行うものは犯罪者ではない、という。「われわれの畑を破壊したり、持ちものを奪ったりするかわりに、なにか別のもので暮らしていけるように、政府はプロジェクトや支援を与えるべきなのだ」
2020年12月、アヘンゲシ畑を破壊し来た軍の前に立ちはだかり、話し合いをする村の人々。「違法なのは知っている。しかし、破壊されては食べていけないのだ…」