なぜ、ゲレロ州なのか?
2014年9月に起きた、ゲレロ州イグアラ市でのアヨツィナパ教員養成大学の学生43人拉致殺害事件。その後、ゲレロ州一帯には軍が配備され、取締りも強化されているはずにもかかわらず、殺人事件や銃撃戦のニュースが後を絶たない。なぜなのか?
そう、ゲレロの鄙びた山村とアメリカ都市郊外の中産階級の暇つぶしが、密接に結びついているからなのだ。
アメリカの若者の間でここ数年、ヘロインが大流行してきている。その需要に対応するためにゲレロ山中でのアヘン生産が拡大し、その高額の取引を巡って犯罪グループが乱立し、抗争を繰り広げているというわけである。ヘロインはよほど利益率が高いのだろう。事件が起こっても軍が知らぬ存ぜぬで通しているということは、ヘロイン資金が浸透していることのあらわれではないだろうか?
それにしてもアヘン生産農家に会いに行くとは、このAP通信記者もなかなか勇気があります。
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アメリカでのヘロイン大流行を受け、メキシコでアヘン生産が急増
México produce más opio ante el auge de la heroína en EU 2015年2月2日(AP/La Jornada)
ゲレロ州の州都チルパンシンゴの北西、マドレ山脈に位置するフィロ・マヨール。標高2000mを越える山中の人里離れた谷間や急斜面に、ピンクや赤紫の花、そしてアヘンが詰まった大粒のケシ坊主が広がっている。
アヘンの取引きは年間数十億ドルにもなる大産業であるが、それはここで、農民たちがアヘンケシを栽培するところから始まる。貧しく水道設備もない粗末な家に暮らす人々が、アメリカで急増中のヘロイン依存者への供給網の末端を担っている。彼らは安全のため、身元が特定されないようにしている。アメリカでのヘロイン消費は、いまやうす暗い路地裏から郊外の住民にまで広がってきている。
ヘロイン密輸の実態はよくわかっていないが、麻薬カルテルにとっては、アメリカにおけるコカイン消費の減少とマリワナの合法化のなか、新たな資金源となっている。
かつてメキシコ麻薬マフィアが生産していたのは、純度の低いブラックタール・ヘロインで、規模も小さかった。それが現在では、アヘンペーストを精製して高純度のホワイト・ヘロインを生産するようになった。そしてマリワナやコカインを密輸していたのと同じルートを利用して、アメリカという世界最大の違法薬物市場に大量に送り込んでいるのだ。
農家は好んでこの仕事をしているわけではない。この険しい山中から生産物を運び出すのは非常に難しいのだという。一車線しかない未舗装の道路で、自動車は崖から落ちる危険にさらされながら、谷間にある畑まで何度もカーブを曲がらなくてはならない。アヘンゴムの小さい塊だけが、金になる生産物だという。
「山で暮らすものは悪者ばかりだと皆思っているが、そんなことはない。来たこともない奴らが言っているだけだ」。この山中で開発プロジェクトを推進するグループである「フィロ・マヨール村落代表協議会」のリーダー、ウンベルト・ナバ・レイナは言う。「需要があって、その一方で政府からは何の援助もないのだから、アヘンの栽培をやめることはできない」
住民らによると、地元では麻薬の使用者はいないという。アヘンゴムの苦い味は嫌われており、まれに歯の痛み止めとして歯肉に塗ることがあるくらいだという。すべては輸出用である。これは何十億にもなる取引きで、大部分はシナロア・カルテルが仕切っている。
米国麻薬取締局(DEA)の「2014年麻薬の脅威に関する全国調査」によると、アメリカ国内のヘロインの約半数はメキシコ産で、2008年と比べてこの年には39%増加したという。当局によって押収されたアヘンの量やアヘン畑の破壊は、近年急増した。メキシコにおけるアヘンペーストの押収量は、2013~2014年の間に500%も増え、ケシ畑の破壊は47%増えた。精製されたヘロインの押収量は42%の増加である。
アメリカ国境での押収量は、2009年時点の3倍にもなっている。鎮痛剤依存になっていたアメリカ人が代わりに手に入る薬物を探していたちょうどそのときに、メキシコ製ヘロインの値段が下がり、さらに強力になったのである。アヘンと同様の働きのあり、ヘロインと混ぜられることが多い合成麻薬フェンタミルのような危険な薬物もメキシコで生産されており、アメリカではヘロイン依存者が増え、過剰摂取による死者も急増している。
合衆国疾病予防センターの統計によると、コカインや処方された鎮痛剤による死者数には変化はない一方で、ヘロインによる死者は、2011年から2013年の間に2倍になったという。
かつてメキシコカルテルは、コロンビア産のブラウン・ヘロインと自国産のブラック・タールを密輸していたが、現在ではメキシコ産はすべて高品質なホワイト・ヘロインである。メキシコの犯罪組織は、生産から流通まですべてを支配することで、莫大な利益を上げるようになった。覚せい剤も同様で、原料となる薬品の取得から小売りまで仕切っているのだ。
麻薬生産や密輸を専門に捜査する警察関係者によると、シナロア・カルテルはアヘンペーストの生産の大部分を小規模な密輸人グループに委託しているという。このような細分化したシステムのために、ロス・ロホス、ロス・ペロネス、ゲレロス・ウニードスといった麻薬密輸の小集団がゲレロ州に現れ、互いに対立するようになった。
2012年以来、ゲレロ州はメキシコ国内でもっとも暴力的な州となった。しかし世界の注目を集めたのは、つい最近、昨年9月にアヨツィナパの教員養成大学の学生43人が失踪させられてからである。殺害したのはゲレロス・ウニードスだとされ、彼らはイグアラ市長と密接な関係を持ち、学生たちをライバル組織のメンバーだと思ったのだとされている。
生産者たちはどのグループが自分たちのささやかな畑を仕切っているのかは言わなかったが、多くの人の話によると、密輸人らは春先にアヘンの種が入った袋を持って現れ、貧しい農民らを脅したり説得したりして栽培させ、果実からゴムを採取させる。だいたいどこの村にも地元の組織と結びついた仲買人がいて、その人が見張りの役目もする。連絡手段は短波ラジオである。この地域には電話線も携帯電話の中継塔もないのだ。
冬にアヘンの花が咲き終えると、研いだナイフと金属製の容器を手にして採集が行われる。農民1人で1日にアヘンゴム300グラムまで採集することが可能である。これは仲買人に引き渡すと4000ペソ(約32,000円)になる。
標高がもう少し低い地域ではこれまで、低品質のマリワナが栽培されてきたが、価格が下落した。これはおそらく、アメリカのいくつかの州で合法化されたり医療用として入手可能となったりして、より高品質なものが入手可能になったためであろう。影響について何らかの結論を付けるのは早すぎると警察当局者の多くは述べているが、メキシコの農民はすでに変化に直面している。乾燥させ圧縮したマリワナ1キロが250ペソにしかならないのに対して、アヘンペースト1キロは13,000ペソになるのだ。
野球帽をかぶったある農民は、落ち着かない様子で冗談を飛ばしていたが、その金額は合法的な仕事を1か月して稼げる額より多いと強調した。それも仕事が地元であればの話だ。しかし農民たちは生産物の値段の割には豊かではない。アヘン採集に従事する家族はほとんどみなトタン屋根の木造の粗末な家に住み、水道設備もない。
山腹に自生するマツやモミは違法な栽培物を隠すのに役立ち、山地の村の中にはまさにその目的で違法伐採から森林を守っているところもある。アヘン畑は、訓練を受けた者の目でしか発見できない。農産物のほとんどは収穫を終えた冬、上空からはアヘン畑は緑色のシミのように見える。高低差を利用した灌漑システムを利用して、山中の小川から水を引いてきているため、一般に畑は水源の近くに作られる。プラスチック製の黒いパイプでアヘン草に灌漑水が撒かれるのだ。
政府はパイロットを訓練して、これを見分けられるようにした。アヘン畑を発見すると、空中から強力な除草剤を散布し、アヘン草だけでなく周辺のあらゆる植物を枯らしてしまう。
農民たちによると、除草剤は地元の植生であるオコテマツを枯らしたり弱らせたりしており、そのために害虫が弱った樹で繁殖し、さらにその周辺の樹も枯らしてしまうという。
「薬剤散布のために使う金を、政府は長期的な発展計画に使うほうがいいのに」と協議会リーダーのナバ・レイナは言う。「今政府がやっていることは、助けるかわりに除草剤散布でますます追いつめているだけだ」
仲買人は農民から十分な量のアヘンゴムを集めると、カルテルのボスに連絡し、アヘンゴムは集められて精製所に運ばれる。ゲレロ州の山地から、アヘンペーストの大部分はイグアラのような「卸売り」の集荷ポイントに送られる。イグアラ市は多くの街道が交差する街で、太平洋岸のアカプルコとメキシコシティを結ぶ高速道路も通っている。
そこからバスに載せられ、ときには遠くアメリカ国境あたりの精製所まで運ばれる。アヘンペーストがヘロインに精製されると、ほかの麻薬物と同様に国境を越えて密輸される。自動車やトレーラーやバスに隠され、あるいは徒歩の人に担がれ、アメリカのブラックマーケットに入ってゆくのだ。
覚せい剤と異なり、ヘロインの場合は大規模な精製所はない。警察が薬物の押収を行っても、一般に小規模で、大きなニュースにはならない。
農民の多くは、アヘンの栽培はできればやめて合法的な作物を作りたい、という。この違法な取引きのために、ゲレロ州では多くの血が流されていることもその理由のひとつだ。
生産者の中にはすでに転換を試みている者もいる。今回取材されたアヘン栽培を行う3つの村のうちの2つでは、住民たちはアボカド栽培を始めようとしている。アボカドは隣接するミチョアカン州と同様に標高の高い土地でも収入が期待できる作物である。
「この山地の農民の経済を変えたい。麻薬栽培をやめられるようにしたい」とナバ・レイナは言う。住民たちはマスの養殖のための池を建設したが、エサ不足のために魚は小さく、アボガドの樹は少なくとも7年たたないと採算に合うだけの量の実は成らない。
ある農民は、険しい斜面にある約20ヘクタールの畑に、2年前と3年前に植えたアボガドの樹を自慢げに見せてくれた。アボガドは40~50年に渡って収穫できるので、彼の子どもや孫たちの暮らしに、この畑が役立つ日が来るかもしれない。
しかし果樹の栽培は高くつく。そのため、この農民は小川のある狭い谷間の畑に下りて行く。そこに「花畑」があるのだ。果実からゴムを採取するのは正午からで、その頃には陽射しでゴムが乾いているからだという。
「これが」と、樹液が出るようにナイフで傷をつけたばかりのアヘン坊主を示しながら、「全部その資金源になっているんだ」。そう言いながら、斜面の上の、アボカドの樹が植わったあたりを指し示した。
http://www.jornada.unam.mx/ultimas/2015/02/02/mexico-produce-mas-opio-ante-el-auge-de-la-heroina-en-eu